2016年9月22日にプロバスケリーグ、「B.LEAGUE」がついに開幕しました。

Bリーグの開幕戦が地上波で生放送され、
更にLEDコートの採用などエンターテイメント性の充実ぶりにも注目が集まりました。


実際に代々木第一体育館で観戦したファンも、満足度が高かったようです。

そもそも、バスケットボールはなぜ新しいリーグが始まったのでしょうか?

今回は日本のバスケ界の軌跡をご紹介します。

スポンサーリンク

長い分裂時代と競技レベルの低迷

Bリーグ 開幕 テレビ放送

日本のバスケットボールは現在に至るまで長い低迷期が続いています。

身体能力の差などから
元来アメリカやスペイン、ブラジルなど欧米系の国が強いのは事実です。


しかし、男子日本代表はアジア選手権でも満足いく結果を残すことができていません。

2016年にリオデジャネイロで開催されたオリンピックにも出場できませんでした。


男子バスケが強化されてこなかった最大の理由として
国内リーグが分裂していたたことが挙げられます。

Bリーグに統一する前はNBLbjリーグの二つが存在しました。

Bリーグの分裂


現在の代表を牽引する長谷川監督が就任してからは緩和していますが、
一時は実力があってもbjリーグから代表選手が選出されないという
暗黙のルールまであったほどです。

分裂はなぜ長く続いたのか

もちろん、リーグ統一化を図る動きはこれまでに何度もありました。

しかし、NBLとbjリーグの間で意見は鋭く対立


さらにスポンサー企業の経営破綻や選手への給料未払いなど

様々な問題が顕在化するなか、ついにFIBA(国際バスケットボール連盟)から
「リーグが統合されない限り、資格停止処分とする」という処分を受けることになったのです。


分裂が続いた理由を一つに絞ることはできません。

その中で最も合意から遠ざかった点の一つが、選手の体系です。

NBLはプロリーグといっても純粋なプロ選手と
企業に勤めながら選手を兼ねる選手がいました。


平たく言えばプロとアマが混在しているリーグでした。

一方、NBLの母体であるJBLから離脱する形で生まれたbjリーグは完全なプロリーグです。

bjリーグは“地元に根差したクラブチーム”という理念を掲げており
その延長線上にプロリーグがありました。


バスケットボールがメジャーでない日本において、完全なプロ化は実に難しい課題でした。
その点で歩み寄ることができず、更にはルールの違いやお互いへの嫌悪なども相まって長らく分裂状態が続いてしまったのです。

スポンサーリンク

FIBAの処分をうけ一気に統合へ

 
FIBAから処分をくだされてからやっと、本腰をいれた動きが見られました。


というのも
この処分によって「一切の国際試合への参加を禁じ」られてしまったのです。


これはU-18の代表戦から大学同士の交流戦まで多岐にわたります。
当時、各年代の代表に選出されていた選手が被った影響は計り知れません。


2020年の東京オリンピックへの危機感も手伝ってか
JBA(日本バスケットバスケットボール協会)は
かつてJリーグ誕生に尽力した川渕さんをチェアマンに迎え、リーグの統合へと進みだしました。

川渕さんの手腕によって、
20年近く達成できなかった統合への動きは一気に加速しました。


NBLとbjリーグで存在していたチームはそれぞれB1、B2、B3に振り分けられ
選手の年棒やルールも統一されました。

またSoftbankとパートナーシップ契約したことで、メディアへの露出も増えました。

LEDコートやハーフタイムショーなどであれだけの演出が可能になったのは、
スポンサー企業の影響が大きかったといえるでしょう。

そして、歴史的な開幕戦へと走り抜けていきました。


日本バスケ界の歩みをかなり大まかですが紹介しました。

ついに統一した「B.LEAGUE」のシーズンは、まだ始まったばかり!

これから問題も露呈すると予想されますが、
ひとまず日本バスケが新たな未来へ歩き出したことに一ファンとして嬉しく思います。

スポンサーリンク